APERUNZ NOTE

aperunz.labの備忘録。ビデオ撮影のこと、漫画のこと。

【漫画感想】めしにしましょう/食に対する追求、人生をやっていく生活

小林銅蟲先生の商業誌デビュー作「めしにしましょう」。漫画家のアシスタントが仕事場氏でメシを作って食べる様子をフィクションの名を借りて紹介する漫画です。

僕は電子書籍で買っちゃいました。2巻は絶対書店で買います→買いました。

 

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小林銅蟲先生について

 小林先生の経歴はネットの海に浸かっている人にとっては既知の事柄で、逆にネットミームに汚染されてない人にはなんの事やらでしょう。

ネットで4コマ漫画を発表しつづけその数が1000本をこえたのでドグマ出版社から本が出てます。4コマ概念に対する挑戦的な作品が多く、コラからの派生であったり、あるいは無意味なものだったりと既存の漫画好きの何かが試される作品が多数でした。

 

パチスロ漫画のアシスタントをしたり、イベントでアセクシャルの人の手術後の性器を食べたり(調理済)、ジャンルが「巨大数」である寿司漫画を発表したりとすごいことになってます。本当すごい。

 

また人気ブログ「パル」にて食に対する異常な情熱を見せて、低温調理について書かれた独特の文体が魅力です。皆さんは魅力ですか?

 

negineesan.hatenablog.com

「はい」「はいじゃないが」

銅蟲先生の漫画には漫画の構造に対するアンチテーゼがよく見られました。起承転結やストーリー性の排除。それはおそらくガロ系の影響や現代美術的な感覚、あるいは制作に対する試行錯誤から生み出されているような印象を受けます。

やがて無意味4コマを確立し、上記の4コマ「ねぎ姉さん」はネット界で解釈の可能性が以上に広いカルト的作品として広まっていきます。漫画として認識できる要素を最小限までそぎ落とした話は非常にハイコンテキストで、逆に漫画へのしっかりした構造把握ができていないと読むのが難しい作品となっております。しかし「漫画文脈からの逸脱」に挑み続けているにも関わらず現代アート然としない作風は、やはり本人の目的意識がしっかりしているからではないか、勝手ながら思っています。逸脱が目的ではなく文脈への懐疑から目指すべき漫画像を模索されているのでは、と思うのです。

 

常識への飽くなき問題提起

 

ねぎ姉さんでは1話毎にあとがき(?)がついており作者の書いたときの心象や解説が読めます。そこで感じ取れるのは定石に対する疑問、またそれを遊び感覚で自由に行うステップの軽さです。

倫理や常識のボーダーを「当たり前だから」で受け入れるのではなく、楽しい方向であれば簡単に越えていくその様は、異才であり憧れでした。今でも一番すごいと思う漫画家です。

 

上記の「性器を食べるイベント」の参加も、カニバリズムというタブーに対して経験を経る事で、文字通り糧にする。未経験で判断を下さない姿勢は「やっていく」という本人の書き文にもよく出てくる文言に表れています。

 

 

マツコの知らない世界」でも紹介

 

「めしにしましょう」1話ローストビーフは「風呂場に湯をはって肉を沈める」という斬新な方法で、番組でも紹介されてました。※結構雑な紹介のされ方でしたが…。

小林先生自身も現在、松浦だるま先生のところでアシをしており、わりと実際に作った物が漫画に登場するので漫画の補完にブログを見てみてはいかがでしょうか。

 

商業誌での連載とは思うに、文脈に沿った画風が好まれるため、先生の漫画の中でもわりとしっかりストーリー組み立てや構成など、読み手を意識したやさしい書きかたをされてるのでは、と思います。小林銅蟲先生の作品の足掛かりとして「めしにしましょう」是非読まれてみてはいかがでしょうか。